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SPECIAL 20

  sweet lost night~魔法のランプは悪夢の予感~

更新日:2008年7月26日


【ストーリー】
記憶を抜き取ってしまうというハイテク装置「魔法のランプ」をめぐる攻防戦。
お宝は「魔法のランプ」ですが、ルパンが盗み出す(取り返す)べく奮闘するのは、「自分とドリューの失われた記憶」。
そして、三度記憶を奪われると「ルパンの全ての記憶」が失われかねないため、タイムリミット迫る中、アイヒマンの研究所に乗り込みます。
「大泥棒」としてというよりも、自分自身のアイデンティティを守るためと、ヒロインのために闘う「ヒーロー」としてルパンが描かれています。
攻防戦の中で、不二子が裏切り、「魔法のランプ」により五右ェ門がルパン達と敵対する羽目に。
ドリューも物語中盤まで、不可解な言動を繰り返します。
そんな中、ドリューを最後まで信じようとするルパンと、そんなルパンに惹かれていくドリューの儚い恋愛劇。
ルパンとゲストヒロインの「ボーイ・ミーツ・ガール」はもう要らないというファン、大泥棒としてのルパンが観たいファンにとっては物足りない展開でした。
後半タイムリミットを設定しているにもかかわらず、「どうせルパンだから上手くいくのに決まっている」という予定調和ゆえか、緊迫感も感じられませんでした。
これなら、「全ての記憶を失ったルパンが自分自身の記憶を取り戻す」作品にした方が盛り上がったかもしれません。
しかし、それには「記憶を失ったルパンは「ルパン」としてのアイデンティティと存在感が維持できるのか」という問題と、
「そんなルパンが主人公の『ルパン』は『ルパン』作品として成立しえるのか」という問題が発生するのですが…。

【作画】
セカンドオマージュな作画。
前回のテレスペ「霧のエリューシヴ」では、作画に関して方向転換をしたようでしたが、またセカンド風に戻したようです。
本作は作画だけでなく、作風そのものもセカンドよりになっています。
のっぺりとした色合いで、もう少し綺麗に描いて欲しかったなあ、と思いました。

【アクション】
『ルパン』作品らしくアクションが随所に盛り込まれています。
もうすこし、シャキシャキ動いてくれればよかったのですが…。
特にカー・アクションがあまりいい動きをしていなかったことが残念です。
『ルパン』のカー・アクションは「カリオストロ」以来の伝統芸なので、がんばってほしかったなあ。

【世界観】
セカンドオマージュな世界観。
セカンドオマージュをするのなら世界観だけでなく、、セカンド十八番のメインキャラの掘り下げをしてほしいところです。
「魔法のランプ」というお宝から連想するアラビアではなく、メイン舞台はアジア。
プーケット、シンガポールとアジアを舞台にしているの作品は『ルパン』では、まだまだ少数派。
近作では「Green vs Red」で東京、「霧」で北海道、「セブンデイズ」でタイと、日本を含むアジアが舞台になることが増えてきています。
セカンドやパースリ、初期~中期テレスペでは、ルパン一世ゆかりのヨーロッパや、次元なじみのアメリカがフィールドだったことが多いことと比較すると、作品制作時の社
会環境や世界情勢を反映しているようで、オ リエンタリズムの見地から考えると興味深いですね。(※1)

【OP&ED】
OP…メイン5人が刑事ドラマ風に紹介されるOPは、原点である2nd78verを彷彿とさせてくれます。
テーマソングも78(2002ver)ですし。
映像が使いまわしだったことは残念でした。
OPはルパンテレスペの花だと思いますので、もう少し凝ったつくりにして欲しかったです。

ED…今回も、ED後のおまけがありました。お約束なネタでしたが、安心感があり楽しめました。
本編では放置されていた、記憶喪失になった銭形警部の後日談とフォロー。最後はルパンと銭形警部の追いかけっこ。
ルパンに携帯をかけてきたのは不二子。おそらく次の「美味しい仕事」を持ち込むのでしょう。
「美味しい」とは、不二子にとってであって、ルパン(と次元&五右ェ門)にとっては、骨折り損な仕事なのでしょうが…。

【ゲスト】
ドリュー…本作のメイン・ヒロイン。本作では、不二子以上に「ヒロイン」扱いでした。
『ルパン』のヒロインは不二子だけでよい、と考えている管理人にとっては、ゲストヒロインがクローズアップされすぎると寂しい限りです。
ドリュー自体は、嫌いなタイプのヒロインではないのですが…。

アダム(アイヒマン)…ドリューの兄にして、ラスボス。
行方不明と思われていたものの、実はアイヒマンに変装していた…というオチ。
凶悪犯の記憶を奪い、善人にすることで平和な世界を作ろうという発想は、悪名高い「ロボトミー」手術を思い出させます。
平和志向にも関わらず、ガーリックの部下から人間らしさを奪い「人間兵器」にしているところが矛盾していると思いました。
「大の虫のために小の虫を殺す」という論理なのでしょうか。
しかし、自分自身が戦災孤児だった記憶を踏まえれば、兵士一人一人にも人生や家族があることくらい分かるはず…。
それとも、アイヒマンの記憶を取り込んだ結果、アダム個人の人間らしさも喪失してしまったのでしょうか。
だとすれば、アダムとしてのドリューへの愛情は健在だったのでおかしいですし…。
脚本家の方にはもう少し、このあたりの整合性を取って欲しかったです。

ガーリック…典型的な「かませ」タイプの悪役。それなりに出番があったのに、あまり印象に残っていないキャラです。
「戦争屋」で兵士の数と戦車や軍用ヘリの威力に任せてルパンたちを追いつめます。…が、最後はゴエの斬鉄剣の露と消えました。
不二子にいいように扱われていたことに関しては、ご愁傷様でした。

【ルパン】
出番も多いし、悪い扱いではないのですが、管理人的になにか釈然としない「ルパン」でした。
今回は、「自分自身の全ての記憶が失われる」ことを阻止するため、「魔法のランプ」を盗み出そうとします。
ルパンの「盗みの美学」は、「不可能といわれるからこそ盗む。たとえそれが紙切れ一枚でも本気で盗む。お宝に意味はない。不可能に挑戦することに意味がある」だと思う
のですが、近年のルパンは「盗み」に 理由が要るようになってきています。
その是非はここでは問いませんが、これもまた時代の趨勢なのでしょうか。
本作では、ドリューとの交流が主軸に描かれており、その点も残念です。
ルパンと他のメイン4人との関係性を掘り下げるテレビスペシャルは作られないのでしょうか…。

【次元】
出番はあまりないものの、相変わらずの名バイ・プレイヤーぶりを発揮。五右ェ門と二人でルパンのピンチに駆けつけます。
冒頭、自動車の修理を手伝おうとはしないゴエに「手伝う気はないのか」とつっこんでいたシーンが好きです。
セカンドでも、決してゴエはこの手の泥臭い作業には参加しないんですよね、ルパンと次元に任せっぱなし(「クラシック泥棒と九官鳥」など)。
苦節40年以上、ようやっとこのことに突っ込んでくれたんだなあと、感慨深かったです。
ゴエが「邪念を取り払われて」敵対するものの、銃型ライターをフェイントで使用してあっさりといなしてしまうシーンは次元らしいなあと思いました。
「次元VS五右ェ門」は『ルパン』作品の最大の見せ場の一つ。
あまり乱用して欲しくはありませんが、本作では上手くギャグ落ちにしていました。

【五右ェ門】
次元同様あまり出番はありません。
今回も女に騙されていません。近作では「女に騙される」ネタがなくなってきたことが嬉しいです。
しかし、「ルパン&次元と敵対する五右ェ門」ネタは使用されました。
女に騙されるのではなく、「魔法のランプで邪念を取り払われる」ことが原因でしたが…。
そのおかげで、次元のフェイント攻撃にもあっさりやられてしまいました。邪念あってこその剣の腕ってことなんですね。
ルパンの逃亡用の仕込みを全て回収してしまっているシーンが楽しかったです。
相棒だけあって、ルパンの仕込みは知り尽くしているのでしょうね。
冒頭で、ゴエが「魔法のランプ」を知らず、次元に「おまえさんは御伽草子だけだよな」と言われていたことが意外でした。
ゴエは、セカンドでは、西洋史や古代史、考古学の知識も長けている設定だったのに(「ポンペイの秘宝と毒蛇」など)。

【不二子】
前作「霧」に比べて、格段に出番が増えていたことは良かったと言えます。
しかし、ヒロイン役はゲストであるドリューに持っていかれてしまい、トラブルメイカー役としての活躍のみだったことが寂しいです。
ルパンを裏切り、ガーリックと手を組んだかと思いきや、アイヒマンと結託していたという変わり身の早さで、不二子イズム全開。
ガーリックが得意げに戦争屋としての自説を話している横で、ケータイでビジネストークをしている不二子はらしくって好きです。
しかも、それはアイヒマンと通話していたという。
「ケータイ一本で儲かるお仕事が好きなの」は今回の名セリフ。
ラスト、オールヌードでヘリに吊るされているシーンは、視聴者サービスなんでしょうか?

【銭形】
本編ではほとんど出番も存在意義もなし。テレスペでの銭形警部の扱いの悪さは相変わらずです…。
冒頭~OPでのみ存在感がありました。「ルパンと銭形の追いかけっこ」のお約束を全て見せてくれたのは、嬉しかったです。
銭形に変装したルパンと銭形警部(そして警官は銭形をルパンだと思い込み、逮捕しようとする)、バルーンで逃げるルパンとバルーンを割る警部、グライダーで逃げるルパ
ンとグライダーの羽を切る警部…。
本作のメインテーマである「記憶喪失」になってしまい、病院を出奔するというドタバタぶり。
しかも、記憶喪失になるのは「魔法のランプ」によるものではなく、ルパン逮捕劇で転んだショックだというギャグ。
メインテーマ「記憶と自分らしさの喪失」のパロディとして、銭形警部が描かれていました…。

【ル次五の仲間度】
ルパンが「ドリュー命」だったので、あまり仲間度はありませんでした。
しかし、基本的に仲間として行動する彼らを観ることが出来ます。
ゴエが敵対するエピソードも、ゴエ自身の意志ではなく「魔法のランプ」によるものなので、まだ納得がいきました。
アイヒマンのところから逃げ出すときに、自分を失っているゴエに「五右ェ門、後で助けに来てやるからな」とルパンが言っていたことが嬉しかったです。
ああ、やっぱりこの3人は仲間なんだなあと思えました。

【総合】
ゲストヒロイン・ドリューとルパンの物語であったことが、一番物足りませんでした。
他の長編作品の感想でも何度も述べていますが、「ルパンを含むメインキャラ5人の関係性」を描いて欲しいです。
次元・五右ェ門は悪くない描き方でしたが、不二子や銭形警部の扱いのひどさは本当に何とかしてほしいです。
そもそも『ルパン』作品において、ル次五トリオが基本にいて、そこにヒロインと敵対役として不二子が、さらなる敵対役として銭形がいるわけです。
そこに、他のヒロインや敵対役が登場しては、不二子と銭形警部の役割がなくなってしまうことは当然とも言えるのかもしれません。
だからこそ、ゲストキャラに頼るのではなく、メイン5人に主軸を置いた作品を作って欲しいと思います。
そして、これも何度も述べていることですが、「お宝に薀蓄を求める」のではなく、「お宝をいかにして盗むのか」そのプロセスを描いて欲しいです。
ルパンは「スーパーヒーロー」ではありますが、やはり「大泥棒」なのですから。
鮮やかな盗みのテクニックを見せて、ワクワクゾクゾクさせて欲しいです。
そして、「ルパン」作品に、戦争をテーマに入れることの是非も検討して欲しいです。
宮崎駿氏による「アルバトロス」「さらば愛しきルパン」以来の伝統なのかもしれませんが、本来、「大泥棒が主人公のエンターテイメント」に戦争という重厚長大なテーマは必要なのでしょうか。
そして、戦争というテーマを入れるのであれば、完成度の高い作品にしあげることがまず必要なのではないでしょうか。

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※1オリエンタリズムとは、パレスチナ出身のアメリカの批評家・エドワード・サイードが提唱した現代思想の概念です。
西洋社会が所有しない・理解できない「異質なもの」を「東洋」に付与してきた姿勢を「オリエンタリズム」と呼びました。
サイードが『オリエンタリズム』を著したのが1978年、『ルパン三世 2ndシリーズ』が1977年~1980年放映、ということを考慮すると、
『ルパン』作品がオリエンタリズムな価値観を有している点も致し方ないと言えるでしょう。
特に、『ルパン』作品には、原作、各TVシリーズ、劇場版を通じて、「西洋志向」が大きく位置づけられています。
主人公である「ルパン三世」自身が、フランス人であるアルセーヌ・ルパンの孫であり、相棒の次元大介はアメリカかぶれです。
ルパン達のアジトは、基本的に洋風の作りになっていますし、食生活もナイフとフォーク、ワインなど西洋式になっています。
このような「ルパン」世界の構築とキャラクター作りは、当時の日本における西洋への憧れが内包されていたのでしょうか。
その点を鑑みると、近年の「ルパン」関連作品では、五右ェ門だけでなく、ルパンも次元も日本式の生活様式をとっている姿が描かれていることは、「日本人における西洋」の位置づけが変化してきていることとリンクしているのかもしれません。
また、作中で頻繁に取り上げられる五右ェ門の「古典日本的生活への執着」の描き方も、オリエンタリズムの発露とも言えるでしょう。
カップラーメンなど、生活感というよりも貧乏感が漂う描写は、宮崎駿氏へのオマージュでしょうが。
しかし、宮崎氏が『ルパン三世』の世界に持ち込んだ生活感は、原作や他の映像化作品が持つ「西洋志向」へのアンチテーゼとしての意味もあったのかもしれません。
「ルパン」世界におけるオリエンタリズムとその脱却は、管理人としては一度取り組んでみたいテーマでもあります。

オリエンタリズムに関しては、以下のテキストが参考になります。興味のある方はぜひご一読ください。
『オリエンタリズム』エドワード・W・サイード/今沢紀子訳/平凡社ライブラリー/1978年
『オリエンタリズムの彼方へ―近代文化批判」姜 尚中/岩波現代文庫/2004年
『思考のフロンティア ポストコロニアル』小森陽一/岩波書店/2001年
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